近代化以前の時代では
近代化に伴う学校制度の普及が、日本に先進国入りのきっかけを与えました。しかし「教育イコール学校」という発想は、生涯学習の面からは問題アリでした。近年の生涯学習に至るには、様々な紆余曲折があったんです。
- 人類の歴史と共に
- 激動の幕末から明治に時代が移ると、学校が学びの場として、日本社会に定着しました。
しかし今日生涯学習に関心をもち、また実際に生涯学習に取り組んでいる人から見れば、学校教育は生涯学習のひとつに過ぎないという感じですよね。
実際、学びというものは学校制度の誕生する遥か前からありました。
学びの歴史は、人類の歴史と共にあったのです。
- 学びを欠くことはできない
- 既に申し上げたことですが、人間というのは古代から「学び」続けています。
まさに生涯学習は人間に課せられた使命とも言えますし、そもそも人間は生涯学習を欠くことができない存在なのです。
それはなぜかと言えば、人間は他の動物のように本能だけでは生きていけないからです。
生涯学習を含む学習を抜きにして、人間は生きていくためのスキルも持ち得ない動物なのです。
- 失われた本能
- 人間を人間たらしめる行為とは、生涯学習を含んだ「学び」という行為です。
人間は他の動物と違い、ほとんど本能を失ってしまった生き物なのです。
だからこそ生きる術の大部分を「学び」によってマスターしなければならないのです。
それ故に生涯学習であろうと、生涯学習以外の名目であろうと、年齢を問わずに人々は学ぶべきなのです。
学びの場は生活のいたる所にあります。